Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

神経疲労と肉体疲労

樵よりも、もっこ担ぎよりも、人と会うということは疲れるものだ。と、今日、痛感した。
 
白内障の手術の詳細を知らせよと、エルサルバドルの亭主から連絡があったので、手術の手続き書なるものを、初めて見た。それで気がついたのだけど、手術で入院の場合、連帯保証人というのが2人ばかり必要で、自著とはんこを押して提出しなければならないらしい。
 
物凄く当惑し、困り果てた。私が気楽に話ができた友人は、すでに3人ばかり他界して、松戸教会で庇護者になってくれた気風のいい婆さんは、アルツハイマーになって、家族が外に出さないという情報を得たから、もう、頼れる相手がいないのだ。
 
兄弟は全員生きているけれど、親戚ほど恐ろしい相手はいない。頼れる相手ではないから、何が起きても頼らなかった。考えただけでもいけいれんを起こし、緊張し、脳卒中も起こしそうだから、声をかける気が起きなかった。
しかし、いくら考えてもただの一人も人の名が思い浮かばない。考えた末、とうとう、勇気を振り絞って、決意をし、兄貴の一人に電話を入れた。
 
請け合ってはくれたものの、そのあとから、嫁さんからの電話で、あなたは自分が都合のいい時だけ電話してきて、他人のことはなにも気にしてもいないし覚えてもいない人間だ、と言ってきた。
 
覚えていないのではなくて、面白くないことばかり覚えているから、触らないようにしているのだけど、結局実際、自分の都合だけを要求していることは事実だ。
 
それを聞いたら、実はもう一人は、別の兄貴に頼もうと思っていたのだが、やっぱりどうしても電話がかけられなくなった。そこで、小中高大学の卒業生名簿を探しに探し、この人なら、何とか聞いてくれるかも、と思える人を見つけた。面白い人で、ご主人亡くされてから、突如として、植木屋になり、数年植木屋を楽しんでいたが、去年だか一昨年だか、木の上から10メートル落下して、腰の骨を折り、車椅子生活になったと聞いていた。それでも電話の声はいつも朗らかで、深刻な話など一切しなかった。
 
彼女は、元々カトリック信者なのだけれど、気功を始めてから、いろいろ思うことがあったらしくて、教会のほうはすっかりやめて、気功のサークルかなんかで人助けをしていた。
 
ところで、電話をしてその後のことを聞いたら、その機構のサークルの仲間が寄ってたかっていろいろ「やってくれて」(何を「やってくれたのか」知らない)、今は車いすから離れて、買い物にも一人で歩いていけるようになったという。ほー、すごいなあ。
 
いろんな話のついでみたいなふりをして、こちらの困った状況の話をしたら、ああ、いいよ、サインくらいならするから用紙を郵送してちょうだいという。ひように関する連帯保証だから、自分の手持ちの銀行の残高をコピーして見せてもいいよ、と言ったら、いらんいらん、信用する、という。
 
二人ほしいなら二人分なんとかするという。拝みたいほど、ありがたかった。
 
しかし、一旦頼んでしまった兄貴のことは、嫌みを言われたからと言って、断れない。雨だ、風だ、腹痛だと言って、今日行く約束を断りたい思いを抑えて、サインをもらって帰ってきた。ここから大した距離ではない、自転車では2時間くらいのところだ。本当に雨が降ったから、自転車をやめて、バスと電車を乗り継いで行ってきたのだけど、帰宅してからばててしまった。
 
食事ものどを通らず、テレビも興味がなく、なんだか激しく苦痛を感じ、バッタリ倒れて動けなくなった。
 
私は、この3週間ばかり、毎日毎日、朝の4時に起きて、樵をしたり、もっこ担ぎをしたり、自転車の荷台に杭を山と積んで隣町から運んできたり、穴を掘ったり、重いよきで杭を打ち込んだりしているけれど、こんなに神経が疲労するということはなかった。食事をとって8時に寝れば、次の日は、4時に回復して、案外労働を楽しんでいた。
それなのに、9時から10時のたった1時間、気を使う相手と話をしただけで、伸びてしまった。
 
しばらく伸びて寝ていたら、玄関にベルが鳴った。
 
出てみたら、例のこの辺りの唯一の文化人夫人が土嚢にした袋を3個、持ってきてくれたのだ。あの鉄砲水にあと、上に住む住人と話をしようとして仲介役を頼んだ相手だけど、上の住人は、話に乗らず、彼女、私の仕事の手助けができなかったと感じたのか、つぎの日に自宅の庭から削り取った土を3袋持ってきてくれたのだけど、ずっとそれを考えていてくれたらしい。自分の友人を動員して、別の家から土を持ってきてくれたのだ。
 
いろいろおしゃべりをしながら、白内障の話をしたら、車が必要なら手伝うとまで行ってくれた。お願いする気はないけれど、有り難かった。近くに親切な人をもう一人見つけたらしいと思ったから。
 
手術など、面倒だな、と思った。病院は医療費の取りはぐれを心配して、保証人を二人もつけて書面の提出を要求する。だったら、先に入院費をとっておいたらどうだろうと思う。こんな一人暮らしの多い日本の事情のなかで、すでに一人暮らしが老人の常識になっている社会で、二人の保証人は探すのは難しい。たまたま白内障という命にかかわる病気の治療ではないから、保証人がなかったら、手術をやめればいいのだけど、命にかかわる問題で保証人が必要で、探せない場合は、死ぬ以外にないだろうなあ、と、いろいろ考えた一日だった。