Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

あがいている

昔、難民となって、内戦のエルサルバドルから、日本に向かう機上で、抵抗しても抵抗しても日本に帰らざるを得ない意味を考えた。其の昔私は、実家の家族との長い長いしがらみを振り切って、すべてを捨てエルサルバドルに永住するつもりで、日本を後にした。エルサルバドルは未知の世界だったし、婚約者には極めて面倒な問題があった。それでも日本を振り切ったたった一つの理由は、すべてを押し流すような激情だった。それが、一人の男に対する恋だった。

内戦がそんなに激しくなり、夫の友人や知り合いが凶弾に倒れ、巷が阿鼻叫喚の地獄になろうとも、私は二度と日本の土を踏みたくなかった。ところが誰が書いたか私の人生の筋書きは、再び日本の方角に私を押し流した。抵抗しても抵抗しても、答えは「日本へ!」と出たのだった。

とうとう、尾羽うち枯らして日本に向かう機上で考えたことは、マドレの言葉だった。私は彼女の言葉を繰り返しつぶやき、自分を納得させようとした。マドレ、私は日本へ行く。あなたとの約束の成就のために。

今私は抵抗している。あれから日本で27年暮らした。今の家には12年暮らした。日本に執着し、この家に執着し、育てた草花に執着し、ときどきすれ違う人々に執着し、今ある状態に執着し、エルサルバドルに行きたくないと考えている。

自分が裸になった時、私の指標はエルサルバドルに向いていると、瞬間的に思った。もしかしたら、あの瞬時のひらめきが正しいのかもしれない。実は、こんなことが起きる前、家族と別れて日本に残っている私に、或る人がもうエルサルバドルに行かないのか、と尋ねたことがある。

其の時私は答えた。「日本を捨ててあの国に行くには、恋愛か、よほどの強い使命があるかしか、ないだろうなあ。」

「もう恋愛は終わったのか」と聞かれて、私は笑って答えた。「もう、自分の生きる地盤を振り切ってまで、はらわたを突き動かすほどの恋愛はあり得ないなあ。」

しかし、主人が日本での就職を考え、いろいろな方面に手を尽くし始めた時、「もしや日本に残れるか!」と思った。手持ちの価値あるもので、なんとか売れそうなものは、売りさばいて半年ぐらいしのごうかと考えた。家を貸したり、部屋を貸そうかと考え、不動産屋に相談に行った。あの手もこの手も考えた。昨日は、手持ちの貴金属をありったけ売ってきた。私の年金よりは少し多い金額で売れたから、1月分の生活費は作ったんだ。

しかし、そういう小さな事ではなくて、日本に居残るためのすべての試みに対して、否定的な答えが出た時、やっぱり指標はエルサルバドルに向いているのか、と空をにらんでため息をついた。

そうなった時、私はやるべきことをやるだろう。自分が初めから思っている事を、ためらわずにやるだろう。

しかし、今私は日本にいる。本当にここを捨てるのか、本当にそれでいいのか、おまえは本当に納得して行くのか、と自問自答する時、私はまだ決意できない。なんとしても、行かざるを得ない状況が、私の背中を蹴っ飛ばすまで、私は抵抗し続ける。こういうのを悪あがきと言う。

土留めをし踏み固めた崖の状態を確認したい。来年を楽しみにして植えた崖の花達を見たい。私が作ったおばあちゃんの花壇の花を見たい。それができないことを考えたら、世界中の人が無学文盲だって、かまわない。それが今の私の「低度」なんだ。