Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

私の人間関係感

基本的に私はいつも孤立している。孤立は子供のころから現在に至るまでの本性だと、私は認識している。

家族親族を含めて、「人間関係一般」は、一時的に私を助けるために、または、私を鍛えるために、天が送ってくださる「翅のない天使」だろうと思っている。実はこの考えはなにも「私」だけにとどまっているわけでなく、他人が「友達」と呼んでいる人間関係も、それ以外にありえないと思っている。

だから私自身も、誰かにとって、特別のなにかでなく、出逢いをつかさどる存在からの操作によって、出逢った、一時的に必要な人間関係の中の一人である、と認識している。

それゆえ、人間関係保持の必要がなくなると、「一人で歩め」と私を天がつっぱなすらしい。だから一人の人間を、この人はいつまでも交流可能な「友達だ」と感じることはあるとしても、それは幻影に過ぎない。

たぶん、こういうものの言い方も、人を呆然とさせるらしいが、孤立が本性の私の70年の人生を見つめて思う、実は真摯な「人間関係感」である。

出会いや別れに、喜びや寂しさを感じないわけではない。私とて、出会いや別れに感じる人間の感情をすべて持っている。激情も絶望も、すべて体験している。70年の体験から、人間同士の触れ合いを通じて、「そうなのか」と自らを納得させた「人間関係感」を語っているだけである。