Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

只今リハビリ中

朝は、もう、寝起きからコルセットを装着した。どうしても行かねばならないところがあった。

Mさんからの情報なんだけど、流山運転免許センターのそばの富士見橋という橋の近くに、「山の土差し上げます」と書いた書きつけが壁に貼ってあって、連絡先の電話番号も書いてあるそうだ。彼によると、たぶん、建設現場から出た土で、処分しなければならない、悪質な土なんだろうけれど、土嚢を作るにはいいなあ、ということ。それだと、タダだから、土嚢を買ってくる必要がなくなるんだ、と言いながら、自分でもらってくるとは言わないから、私に発破かけているのだ、と察した。

その時私が、膝の怪我をいたわって、びっこを引いて歩いていたから、ちょっと遠慮しいしい言っていた。まあ、なにしろ安上がりにしようと、あらゆるところから土を集めまわっているので、そういうことなら、あそこにもあるよ、という感じだった。

膝が悪かろうが、腰が悪かろうが、雨の降る前に崖の応急手当でもせねばならぬと思ったから、体に考えられるいろんなものを装着して、ありとあらゆる薬を飲んで、でかける準備をした。だいたい彼、私は発破かければ動く人間だということを知っている。ブランドだの、おしゃれだのエステの話は、発破かけられるとじんましんが出て、1週間ぐらい寝込んじゃう可能性がある。しかしこういう仕事は、逆に精神病が治ったりするからね。

初めての人間に会うということは、疲れる。相手がどういう人間かわからない。まあ、ブランドやエステの人工美人の奥様よりは、土建屋の親父の方が肌に合うから、そう心配はないけど、一応、緊張はしていた。で、今日は、交渉だけするつもりではいたけれど、すぐに土が採取できることも考えて、袋とシャベルとバケツを持った。

朝7時ごろだった。場所はすぐに見つかったが、誰もいなさそう。囲いに貼ってあった看板に記された電話番号だけをかきとめて、土の山がいくつもあるところを縫ってはいったら、小屋みたいなものがあった。人の気配がするので、近寄ってみたら、作業着を着た、顔が見えないほど背の高い男が出てきたので、あいさつした。

看板を見てきたのだけど、誰でも土がもらえるのか尋ねたら、ああ、どうぞという。

土は、古墳のような形に積まれた山がたくさんある。ほくほくしならが、図々しくもう一度尋ねた。

「ご覧の自転車で運ぶので、何回かに分けてきますが、よろしいでしょうか」男は親切そうだ。「いくらでも持って行っていいですよ。ただ、でかい車が入ってくるし、機械にだけは気をつけて。」ほくほく^^。

土が自由にもらえる山は3つあって、他のは、精製して有料になっているという。ほお。有料の土もあるのか。面白いなあ、そっちの方にも興味を持った。

まてまて。ひとまず許可をもらった山に上って、土の採取を急がなきゃ。

持ってきた袋にどんどんつめて、載せられる限度まで、自転車に土を積み、道具をそこに置いたまま、一旦家に土を運んだ。それを3往復。

ところが、3度目に、現場に戻ったら、先ほど、土の採取の許可をくれた長身の人が起重機を操作していて、私が土を採取し始めたら、危険だと思ったのか、仕事を辞めてしまった。どうも、私が消えるのを待っているらしい。

お、こりゃあ、邪魔になるか。袋詰めした土を一々往復して持って行くのをやめて、袋に詰めたものを全部小屋近くに運んだ。今日はこれまでにして、明日でも取りに来よう。で、声が届かないから、一礼して退散。出口で後ろを振り返ったら、彼、また起重機の操作をし始めていた。

もうすぐ、予報通りの雨が降るような雲行きを見て、持ってきた土を袋のまま濡らしたら、重くなって、上まで運べないと思ったので、そのまま作業を始めた。

そうしたら、思いがけなくMさんが現れた。やっぱり今日の雨の予報を聞いて、応急処置をしに来たという。彼が来ると、なんだか一人でやらせるのが悪くて、働きすぎちゃうのだけど、仕方がない。昨日の情報で、土をかなり運んできたと言ったら、やっぱり、動いたか、というような、愉快そうな顔つきをする。そりゃ、動くさ。土木作業は、最近の私の精神のリハビリ用趣味なんだ。ブランド物に身を固めると精神が落ち着く人もいるらしいけど、私は、そっち系は、じんましんが起きるのでね。彼、また意味ありげに笑った。

じゃあ、「ただで」土嚢ができると言って、Mさん、私が持ってきた土でどんどん土嚢を作り始めた。昨日彼が持参した20個の袋も加えると、かなりの量。これ、上まで運ぶの、コルセット装着の腰では、いくらなんでも無理だ。

悪いけど、バケツで運べる量なら私でも運べるけれど、20キロの土嚢を崖の上に運ぶのは、腰痛持ちには無理ですよ。と、私はいって、ちょっと尻込みした。それでも何度か、バケツに入れた土を運び上げ、それから、昼食を作る時間になったのを幸いに、作業から逃げた。

予報通り、雨が降り始め、Mさんは物凄く急いで、すべての土を土嚢にして一番危険だった穴をふさいでしまった。よかった。あとは外見の体裁をどのように整えるかを私がゆっくり考えるだけ。土も、もっと必要だ。明日の天気は、まだ知らないけれど、土嚢を現場で10個ぐらい作って、5往復すれば、かなり運べる。

今回の処置は、3年は、持つというから、私は3年生きればいいんだ。しかし、よかったなあ。三輪車があって。三輪車で、土を運ぶという作業は、坂を上がったり、曲がり角を曲がったりするとき、凄いバランス感覚が必要なんだ。足が悪くなってから、毎日片足立ちの練習をしてリハビリをしているけれど、三輪車で土嚢を運ぶほどのリハビリ効果はないよ。

爺婆は、骨粗鬆症になったら、すべからく三輪車で土嚢を運ぶべし。