Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記


路上で桃売りの爺さんが桃を売っていた。いろんな国に行ったけれど、日本の桃みたいにおいしい桃は他のどの国でも食べたことがない。エルサルバドルの桃なんて、姑が食べているのを見て、「この国ではジャガイモを生で齧るんだ」と感心したものだ。後で、桃だと聞いて驚いた。あれは、絶対「桃」じゃない。

で、日本のそのおいしい桃は、うれしいことに今しかない。1年中あるものなんて、偽物だ。種のない葡萄なんて、葡萄じゃないと、母が種なしブドウを憎んでいたのを思い出し、路上で売られている「純正な」日本の桃を眺めて、きちんと旬だけにしか出ないから、確かに桃だと確認した。

7個1000円と書かれている。立派な桃はイオンで1個360円だ。7個1000円なんて言うのは安いけど、どれだろう、と思って、売っている爺さんに聞いてみたら、桃を切って一切れ食べさせてくれて、それが7個で1000円の桃だという。凄く美味しいのだけど、見たら、なんだか貧弱だ。折角夏の終わりに食べるたった一度の贅沢だ、そんな貧弱なものじゃ、夏の終わりの饗宴には向いていない。あの、でかいのはいくらだ、と聞いたら、爺さん3個で1000円なんだけど、姉ちゃん美人だからおまけで5個で1000円にしてやるよ、と言う。

何が姉ちゃんだ、糞爺…と思いながら、ふんふん、みんなに美人だ美人だ言われて困っているのよ、やっぱり、そう思う?と話を合わせてやったら、其の糞爺、調子に乗って答える。うんうん、会った途端にわくわくしちゃってよ!だって。

たまには、バカ相手にバカ話もいい。お互いにそう思ってんだろう。それでつられて、桃太郎が出てきそうな大きな桃を5個買った。夏の終わりの饗宴だ、誰か誘おうかな、と一所懸命帰りの自転車こぎながら、饗宴相手を考えたが、話に乗りそうな猫おばさんは、二人とも留守だった。で、家に入った途端に一個、食べてみた。ううううううまい!

立派な桃を食べたら、日本の桃が好きな娘を思い出した。彼女が紆余曲折を経てたどり着いたエルサル大学で、専攻している薬学は、終了までの期間がやたらに長くて来年にならないと自由にならない。その代り、なんだかこれも日本と違って、すぐに仕事につけるらしい。そうなったら自由になっても、桃を食べられる季節に帰ってこれないだろうなあ。

学制が違うから、どうしても桃のある夏に帰ってこれない。向こうじゃ、クリスマス休暇のことを「夏休み」と呼んでいて、2ヶ月ぐらい自由になる。

今年別の用事で、帰るらしいけれど、何もうまいものがない真冬。おまけに冬は私は冬ごもり体制で、いつも病んでいる。食べさせたいな、この立派な桃。と、桃を眺めて思った。

でもまあ、彼女はまだ30だ。30の頃、私はがつがつ仕事をしていて、うまい桃なんて食べなかった。年金暮らしの私が今、爺さんの桃を食べられる身分なんだから、生きていれば、娘もそのうち桃くらい食べられるだろう。

それにしても、桃だけで、なんで私はこんなこと考えちゃうんだろう。