Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

10月22日

10月22日

体調不全でぼおっとして暮らしていたら、いつのまにか22日になっていた。気温の激しく変化しない国では、時の感覚がなくなるらしい。毎日豪雨が降るが、毎日からっと晴れる。暑いとか寒いとか、涼しいとかいう皮膚の感覚は夜だけ感じる。気付かず布団をかけたり、脱いだりするからだけど、今私は、体の一部に感じる痛みで、皮膚の感覚はあまり意識していない。

そんな中、昨日主人が「山に行こう」と誘ってきた。物見遊山で行くのでなく、地熱の調査と温泉開発のためのプロジェクトに彼は参加していて、脈のありそうな山を調査するグループで、週に一度くらい山歩きをしている。そのメンバーの一人が、調査地の近くにランチョ(別荘)を持っていて、調査の帰りに昼食をしようと誘ってくれたから、妻も同伴でいいかと願い出たらしい。

実は数日前に、胃を悪くしていて、足は水虫で頭はかゆくて、体中まんべんなく、細菌の汚染に悩まされていたのだけど、もう、どっちみち、細菌とは仲良くする以外にない国で、家にいても腐るだけだから、ついうっかり応じてしまった。

ところが、主人は、私の体調を知っているわけではなく、山歩きから、野山の開拓から、家具の補修や、家の改修に至るまで、一手に引き受けていた昔の私を念頭に置いていて、婆さんでよたよたした私でなく、能力優れた便利屋の私を仲間に自慢したかったらしいのだ。

山に行くのなら杖が必要だという私に、杖は持っていくなというのである。食事に誘われたから連れて行くので、山歩きは大したことはないからなのだそうだ。

うっかりその手に乗って、私はとにかく山にふさわしい服装で、100円ショップのカッパだけ持って、杖を持たずについて行った。ついて行ったといっても、仲間が車で家まで迎えに来たので、杖の必要はなかった。

ところが、現地に着いたとき、七面鳥が出迎える、波型のトタンだけでできた農家の動物の糞だらけの庭で、仲間の到着を待つことになった。糞が臭くてたまらない。仲間が三々五々と集まり、なんだか会議が始まった。仕方ないから私は糞から逃れるように、近くを歩きまわって時を過ごしたのだけど、それだけで、かなり疲労を感じていた。

会議が終わって、じゃあ、歩こうということになったらしい。しかたない。主人が促すから、一緒について行った。実は自分の体調を知っている私は危ないと思っていたのだが、いる場所がないので、ついていかざるを得なかった。

あらかじめ調べたらしい、幾つかの地点を温度を確認しながら一行は歩き回っている。「道」なんかない地域だ。動物のフンだけはやたらにあるから、牛などが放し飼いにされているんだろう。牛にはあわなかったが、虫だらけだったので、危険を感じて、リュックに忍ばせていた薬品類の中から、皮膚に塗る虫除けの薬を出して、首や手に塗りたくった。未知の虫は危険だ。日本の虫除けが功を奏するかどうかは知らないが、自分にとっては気休めになる。

一行について歩きまわって、とうとう、限界を感じた。若いころ確かに山歩きをしたが、「道なき道」を山歩きしたわけではない。しかも私はこの国に来てから体操もしていないし、歩くことも自転車に乗ることも全くせずに、家にこもって細菌と戦っていただけだ。歩調が遅くなり、気付かずに先を歩いていた主人に声をかけて、動けないから、休ませてほしいと言った。

休むと言ったって、でこぼこの岩の上にへばりつくだけで、糞だらけの道なき道に腰掛ける所なんてない。でこぼこの岩にへばりつくことの方が疲れると気がついて、再び、よたよた歩きだした。危ないと気がつくバロメーターは、何でもないのに足が上がらず、草の根っこに躓くこと。あ、これはだめだと思った。

腰に異常な痛みも加わって、やっと1時過ぎになっていることに気がついた一行が、招待された食事に行こうと決めたころ、空に怪しい黒い雲が立ち込めた。皆が車に収まり、やっと出発しようと車が動き始めたときのこと、いきなり爆発音が聞こえ、車の後部のガラス窓が破裂して粉々になったガラスの破片が車内に飛び散った。後部座席にいた私も主人も幸い帽子をかぶっていて、服装もしっかりしていたので、怪我はなかったが、ガラスの破片を浴びた。みると窓に人の頭ぐらいの穴があいていた。

しかも、突然、一陣の風と共に、あたりは暗くなり、窓から前方が見えないほどに篠突く雨が振り出した。後部の破れたガラス窓から、雨が容赦なく入り込むから、むしろ前に向かって走っている方が濡れない。前方が見えない中をものすごい勢いで走った。

仲間のランチョに着いたとき、幸い私だけが、カッパを持っていて、おかげで体は濡れなかったが、防水加工をしていない、日本から持ってきた自慢の地下足袋がずぶずぶ濡れた。靴下のかえは持ってきたが、靴はどうしようもない。水虫を心配しながら食事を待った。

ところで、その食事、今まで口にしたこともないほど、超一流の味で、たまげた。なんで、なんで、ここがあのエルサルバドルか?と疑うほどだったが、その料理は、すべて、仲間の男性の手料理だった。そのランチョに女性は一人もいなくて、その仲間と息子と犬だけ。

しかも、雨で歩き回れなくて残念だったが、ランチョの庭はひろくて起伏に富んでいて、珍しい植物に満ちていて、立派だった。娘がいつか、この国に住んでいると、石器時代からインターネット時代まで全部一度に味わえて面白いと言っていたが、貧富の差の激しいこの国には、ときどきすごい御殿がある。つい一瞬前、波型のトタンだけでできた農家を見てきた後だったから、その差があまりに意外だった。

ランチョは1階の応接間だけしか覗かなかったが、すてきな絵なんかも飾ってあって、趣があり、やたらに高級な飲み物と、久しぶりのおいしい料理に舌鼓を打ったら、さっきの疲れも手伝って、困ったことに、みんなの前で座ったまま、ぐったり眠り込んでしまった。

今日は腰痛に悩んでいる。昨日だって、大事をとって、友人から送ってもらったしっかりしたコルセットをして、ロキソニンパッブを張り付けて、薬も飲んで行ったのだが、まるで効果なく、今日は1日動けない。