Ruriko's naisentaiken

エルサルバドル内戦体験記

腹煮えくりかえる音曲

絵を描いていたら、何処からともなく、東京音頭が聞こえてきた。盆踊りでもやっているのだろうか。この音楽、大多数に日本人にとって、楽しくても、私にはつらい思い出と結び付くために、聞きたくない音楽の筆頭かもしれない。それは自分の勝手な感情だから、ああだこうだといっても始まらないけれど、折角涼しくなって、冷房をつけずに窓を開け放っていたのに、実に不愉快になった。

だいたい関東に住んでいると、盆踊りは、必ず、東京音頭と、炭坑節がついてまわる。炭坑節に関する他の思いでは、東京音頭よりさらに情けない。敗戦で、捕えられた日本兵の、ほとんど赤紙で送られただけの責任の軽い将兵たちが送られたのがチャンギ刑務所。本当の責任者だった上位の人々は、責任を問われず、戦後の政治家として名を連ねた。で、チャンギ刑務所で歌われた歌が、炭坑節の替え歌だった。

月が出た出た月が出た、チャンギ刑務所に月が出た・・・

其の情報を目にし、耳にしたのは、私がまだ小学生時代。子供ながらに感じた悲哀を、あの魂えぐるような絶望を、たぶん日本民族は、忘れてしまった。だから、8月15日になると、一斉に、「懺悔の式典」などできるのだ。本当の戦争責任者は、身の保全ばかり考えて生き残り、本来無関係な国民に、戦勝国向けのパフォーマンスとして、「懺悔の式典」を続けさせている。炭坑節の替え歌を歌いながら、チャンギ刑務所の露と消えた「本来被害者」である将兵の怨念など、どこ吹く風とばかりに。

と言う風に、私は盆踊りの音曲を聞くと、はらわたちぎれる思いなのだ。いい加減にしろ!と、一人で呟いて、腹を立てていたら、絵が描けなくなった。